振り返るまなざしに、宿るやさしさの形 

振り返るまなざしに、宿るやさしさの形 

 今回は、京都で紅葉の名所として名高い「永観堂」をご紹介いたします。正式名称を禅林寺と言い、東山の山裾に位置する名刹です。当初は密教道場として創建され、のちに永観が浄土念仏を唱えて念仏の道場となりました。 

喜招邸からは、バスと徒歩をあわせて30分ほど。ゆっくりと歩みを進めることや、ひとに寄り添うやさしさを教えてくれるような、少し気持ちが急いてしまう旅のなかでこそ訪れてほしい素敵な場所です。 

 

 

「みかえり阿弥陀」 

  永観堂の本尊である阿弥陀如来立像は、左肩越しにこちらを振り返る一風変わった姿をしています。言い伝えによると、苦悩しながらも念仏して行道していた永観の前で、阿弥陀像が壇を下りて永観を先導し行道を始め、驚いて立ち尽くす永観に「永観、おそし」と声をかけられたのだそうです。「みかえり阿弥陀」は、その慈悲深いお姿を後世に伝えたいと願った永観によって今に伝えられているのだとか。その逸話の通り、肩越しにこちらを振り返る姿はたいへん優しい表情をしています。このような逸話から、「悩むものへの慈悲」や「他人に愛情や情けをかけること」などの意味があるとされています。 

  ここから私たちが学ぶべきは、「過去のために振り返る」のではなく、「慈愛の心で、だれかと共に前に進むために振り返る」ことかもしれません。忙しく歩みつづける途中でも立ち止まり、周囲の人々、ひいては自分の心を見つめなおす。忙しい現代においては、そのようなメッセージとして受け取ることもできるのではないでしょうか。 

 

自然との調和 

  永観堂を見渡すと、建物が自然の中に溶け込むように作られていることが分かります。中でも見ものなのは、山の斜面に沿うように巧みに木が組み合わせられてできた「臥竜廊」です。人が自然を支配するのではなく、自然の中に人が寄り添い調和するかのような、とても優しく、美しい建築だと言えるでしょう。南禅寺がファン・デル・ローエの建築に見られる「レス・イズ・モア(Less is more)」(=「少ないことこそ豊かなことである」という意味)だとすると、永観堂は隈研吾の「負ける建築」といったところでしょうか。「勝つ」ことだけが正しいのではないと、私たちに教えてくれるような素敵な建造物です。 

 

永観堂の「七不思議」 

永観堂には古くから伝えられる「七不思議」があります。先ほどご紹介した「臥竜廊」もそのひとつ。釘を一本も使わずに組み立てられていることから七不思議のひとつに数えられます。もう少し「七不思議」らしいものを挙げるとするならば、「抜け雀」でしょう。「孔雀の間」にあるふすまには本来5羽のすずめが描かれていたにも関わらず、うち一羽は本物のすずめのように飛び立ってしまい4羽しか残っていない、というものです。すずめという生き物が日本では古来より神聖視されてきたことも相まって、このような伝承が残されているのかもしれません。 

他にも1本だけ姿を残している「悲田梅」、葉が3つついた「三鈷の松」、「岩垣もみじ」や「木魚蛙」といった様々なエピソードがあり、その一つひとつの由来を探して回るのもきっと楽しいはずです。 

 

ライターのおすすめポイント 

「もみじの永観堂」 

秋の永観堂では、古今和歌集に「もみじの永観堂」と詠まれるほど、美しい紅葉を見ることができます。境内には約3000本ものもみじが色づき、数週間だけの幻想的な景色を見せます。山頂にある多宝塔をもみじが囲む様は特に絶景で、京都市内の眺望ともあわせて必見です! 

nimo

京都生まれ京都在住の大学4回生
カフェや建築をよく巡っています☕︎